令和元年度事業承継フォーラム【パネルディスカッション(1)「決意のタイミング」】

簡単なまとめ

この動画では、中小企業の事業承継に関する3つの事例を紹介しています。後継者に対する期待、親族への承継、そして事業承継における覚悟について、それぞれの企業の経営者が語ります。

  • 後継者には会社への情熱が不可欠である。
  • 親族への承継は、帝王学のような教育が必要となる場合がある。
  • 事業承継には、自身の人生をかける覚悟が重要である。

創業当初から後継者として考えていたか

創業者の父親は、当初長男を後継者とは考えていませんでした。会社への情熱を持つ人物に継いでほしいという漠然とした思いがあり、従業員への責任感も強く感じていました。リーマンショック後、会社の業績が悪化し、息子が別の会社から入社することになった際、普通の社員として迎え入れました。

息子が後を継ぐことへの葛藤

息子は、当初は家業を継ぐつもりは全くありませんでした。幼い頃から、会社の従業員のおかげで生活できていることを教えられ、会社が困っているなら恩返しをするのは当然だと考えていました。祖父からも家業を継ぐように言われていましたが、事業を継ぐことへの葛藤もありました。

後継者として本気かどうか

会社が軌道に乗らないことには何も始まらないと考え、息子本人が会社で働きたいと言ったことから、その気があると感じました。中小企業大学校への入学や、その後の会話を通じて、息子が本気でやる気があることを確信しました。事業を始めるには連帯保証が必要であり、自分の人生をすべてかける覚悟が大切だと考えています。

幼い頃からの教育

息子が生まれた時から、周囲の人々から後を継ぐことを期待されていました。父親からも、家業を継ぐのが当たり前という教育を受けていました。息子自身も、家業の後を継ぐことを自覚していたと思います。

親族への承継

親族への承継は、状況に応じて判断する必要があり、こだわりすぎると間違った方向へ進む可能性があります。この事例では、父親が息子に経営の帝王学のようなものを教えていました。

リーマンショック後の入社

リーマンショック後、会社の業績が悪化し、息子が別の会社から入社することになりました。父親は、息子には会社を継がせないと明言していましたが、息子がどうしても入りたいというので、一兵卒から始めることを条件に入社を認めました。

二代目としての覚悟

息子は、大企業での歯車のような仕事に疑問を感じ、家業に戻ることを決意しました。親の会社だからといって簡単に辞めることはできず、腹をくくって取り組む覚悟が重要だと考えています。

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0:00 [音楽] car re dea me 創業当時もちろんあの長男はおりましたですけどもそこからそうですね 50過ぎるまでは全く 後継者には思っていませんでした だから願わくばっていうをも漠然とした思いだけですね やっぱり会社にあの情熱を注いでくれるインゲン出なければっていうの思いました これは私だけじゃなくて一緒に働いている従業員に申し訳ないっていうその思いが

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