0:02 はいえではあの今説明したえ修行の結果得 られる神秘体験それがどのように見つけ られているかについて見ていくことにし ます え神秘体験というのはその え修行している人間とえ神が1つになる ことだという風に言いましたでそのことを え専門用語ではパナえまこれはアラビア語 ですのでえ日本語に訳すと滅却ということ になると思いますけどもどうして滅却と いう風に訳されているかというと神と人間 が合一してその人間のえ事故というものが 滅却消えてしまうつまり私先ほども説明し
0:50 た通り私とあなたが出会うそれよりもっと 近づくと私とあなたのサとというかが なくなって1つになってしまうつまり自分 というものもないし相手というものもない 自分と相手が1つになってしまうえその 違いが消えるというか事故が消えるという かというところから滅却という風に言われ ていますでこれが神秘体験であってまさに これを目指して えスフィたちは修行を行うわけですよねで ただえこのこの神秘体験というのはえま これはイスラムの主義に限らずえあらゆる
1:37 宗教あらゆる文化あるいはえ思想的な潮流 の中の神秘主義において同じなんです けれども神秘体験というのは一瞬しか続か ないえその時が来たと思ったこれだて思っ てそれで終わってしまうしかしえその時の 経験っていうのががもう1つの方に行き ますとあの時見たことあの時感じたことと いうのはずっと記憶に残るでそちらの方に 重きを置いた見方をするのがえバカーを じるえバカーというのは存続ですけれども えーこちらを重要視すべきだという考え方
2:23 がありますつまりえ一瞬続くえごめん なさい一瞬しか続かないえその瞬間に到達 したらそれがもうゴールであってその後何 が起きるかその後そのスーフィーがどう 生きるかというのはどうでもいいという見 方をするえ人たちもスーフィーの中にはい ましたその人たちはファナーがゴールで あってファナーがあファナーの状態に到達 できればそれでいいのだという考え方を する人たちしかしながらえーそうではなく その後にえそのスフがどう生きるのかの方 が重要なのだという考え方バカーの方がえ
3:10 問われるべきなのだ求められるべきなのだ えという風に考えた人たちがいましたそれ はどういうかかというとえ神と合一した後 その記憶が残りますよねえ神と同じ出しで 世界を見たあの一瞬神と同じ心持ちで世界 にえ気持ちを向けたあの一瞬あれをずっと 覚えていてえ神の指しで人々に接するえ神 の思いを持って人々とつがるそのことが 重要なのだという風にえ見なした人たちが いましたつまりファナで終わればそれは 自分1人の体験として完結してしまいます
3:58 しかしその持ちを持ってその後どう生きる かというところを問うのであればえ ファナーで得た うんあの感覚えあのまなざしというのが 社会にえ戻っていくえーあたかも神がそう しているかのように人々に接することが できるおそらくそこから人々に星座と呼ば れるような人たちの振る舞いというのがれ てきたのではないかという風に思いますな ので神秘主義という風に言うとトマすれば 社会に背を向けてえ自分1人の心の中えを
4:43 こう掘り下げていく流れという風に見え ますけれどもえバカの方をもじるような スーフィズムの流れにおいてはそこを 突き抜けてさらに社会に戻っていくという ところがあるのでえこれからがまた見て いきますけれども神秘主義というのは必ず しもえその出発点えとはうん違ってえー 社会には無関係現世には背を向けるという ものとは限らないという風に言えるかも しれませんでもう1つ見ておきたいのは このスーフィズムというのが修行をしてえ そして理屈抜きのその直感を得るという
5:28 ところでえ知的な世界とはうんこう離れて いるのではないかという風に思えるかも しれませんがえこうした [音楽] こうなんて言うんでしょうねえ一般的な 論理を超越したところで神を捉えようと する流れというのはえ2つの大きな あ知的な流れというのを生み出しました1 つはイスラム神秘主義哲学というながら ですえま非常にあのうん複雑な話になり ますのでえ例を上げて終わりますけれども え代表的なのがイブンアラビという12 世紀から13世紀に来た人でこの人が唱え
6:17 た議論に存在正論というのがありますえ これはまあの究極的なうん一心教的世界観 でえこの人はこの存在正論に立った うん味方 え彼にとって神とはどういうまなざしを 世界に送っているのかというのを死のよう な形で書いたえ言葉ですえ少し見ていき ますと私の心は えあらゆる形を取りうると修道員の海老 偶像の人カカの牧場 え信徒たちのカバトラの法典コラえ愛こそ
7:07 私の抱く心情その落がどちらへ向かおうと 愛は変わることなく私の心情であり信仰で あるあの見てすぐ分かると思うんですけど も修道員つまりキリスト教のうん施設です よねで偶像もちろん うんイスラムのおイスラム教とは一般的に 言うと魔から対立するようなえ偶像崇拝を 行うような宗教の 人そしてトラこれはユダヤ教の聖天の名前 ですえなのでキリスト教徒であろうとブザ 崇拝者であろうとえそしてえユダヤ教徒で
7:53 あろうとえ全部それは私の愛の対象だて いう風に えつまり私の心はあらゆる形を取りうる キリスト教とも偶像崇拝者もユダヤ教とも これは全部存在正論的にと神が全く同じ 一心が望んだからえキリスト教徒もユダヤ 教徒も偶像崇拝者もいるのであって え根っこは同じ1つの性格から全ての存在 は出てとだからあの自分たちが愛する神が 存在してほしいと思うからキリスト教とも ユダヤ教ともブズ崇拝者もいるのだからだ
8:41 からそういったものに私の心は向かう私の 愛は向かうという風に言っていて え心境ならでばのえ究極的なこう宗教的 完用性っていうものがえこの考え方の中に 見ることができますでもう1つはイスラム の神秘士ですえで私はイスラムをやって いるのでよくえイスラムの中には宗教的な 文学えというのはないんですかという風に 聞かれるんですがまキリスト教文学とか 仏教文学っていうのはあのしばしばえ惹か れる言葉ですけれどもえイスラム文学と いうのはなかなか
9:27 あのうん端的な作品え端的なレートなる 作品というなものをあげることができませ んま色々理由はあるんですけれどもえ特に 小説というようなえジャンルの中にはえ イスラム的な性格を帯びていてかつ文学 作品としてもえ洗練されていて質の高い ものだっていう風に考えられるものは あまりないですねしかしながらに関しては えイスラムの文脈から出たものに極めてえ 評価の高いものがたくさんありますでそれ はなぜかと言うとえスフィたちからすると
10:13 神秘体験一瞬得たあの体験はえまさに直感 でしか得られないしえ得られないもので あり理屈で説明できる経験ではないんです よねなので論文のような形で 日常的な言語で説明することができない どんな経験だったか何を見たかえどういう 思いを抱いたかというのは例えるしかない とえあかもこんな感じだっていう風に 例えるだから恋愛師のような形を取ったり するわけですけれどもえなのでえ死にえ死 という形を取ってえ費をたくさん使ってえ その経験をあるいはその経験によって
10:58 生まれた心持ちを表現しましたえーでその 中で生まれてくるのが神秘士であってえ その最も有名なものがルーミーという人が え書いた精神的マナビマナビっていうのは あの死の様式なんですけれどもえ非常に 長いもので えペルシア語で書かれていてえイランの人 たちにとってはコラに継ぐ重要性を持って いるという風に言われていますでその中に もこういう言葉があります来なさいと あなたが誰でもいいから来るのです例え あなたが配下京都でも無心論者でも例え 旋回残業を繰り返したとしても気なさいと
11:46 誰でもいいから来るのですこれは絶望への 扉ではないという風な言い方をしていて やはりさき先に見たのと似ていますけれど もえハカ京都ゾロアスター京都であろうと 無心論者であってももうえイスラムから 見ると最も遠いところにいる人であろうと もそして何回残業を繰り返してもまた失敗 しまた罪を貸してしまうような人であって もでも私の方に来なさいとそこには救いが あるという言い方をしていて神は全ての人 を受け入れる全ての人に愛を注ぐという 言い方をしてるっていうのが分かるかと 思いますでえこういうう例えを使いえ死ぬ
12:36 ような形にすることでえー初めてそのうん 神秘体験のえ一部であっても人に伝える ことができるというところから彼らはその 非常に洗礼された死を生んでいったので えスーフィズムというとどちらかというと 直感に頼る理性ではないという風に考え られがしですけれども知的な うんものも産んでいるということがわかり ます えーでまとめとしてえこの神秘主義の流れ が生み出したダイナミズムとしてこれは 神秘主義と愛変って書いたのはこういう ことは他の宗教でも起きているからなん
13:22 ですけれどもえイスラムの例で言うとえ 最初にあげた通りウラマーのイスラムと いうのが一般にイスラムとはという時に あげられるものでしたよねそれは社会の 秩序イスラム法を守りイスラムの理想に イスラムの規範に叶った社会を作り上げる え神は恐れ多いえその怒りを買わないよう にえ生きていく正しく生きていくという ことが求められるそれがウラマーの イスラムえそうしたイスラムに人々を導い ていこうとするのがウラマーですでそれに 対してを見てきたのがスーフィーたちえな のでえ両者の捉えるイスラムというのは かなり違っているですよねで違っていると
14:10 いうことは2人2種類の指導者がいると いうことですから競合関係にあるというの は当然ですどちらの言うことが本当の イスラムなのかっていう風に人々は問い たくなりますからえライバル関係にな るっていうのはえ確かえつまりここにに 書いた左側は浦たちが考える重要なこと 社会性違反開立法しかしながらスフィたち は精神性内面性信仰の方が重要だと考え 一体どっちがより重要なのかっていう ところで問われるとすれば両者の間には 表語関係があるとしか言えないしかし ながらこのことは見方を変えるとどちらか
14:56 に触れすぎた時つまり浦たちのいうことが 非常に重要しされて開立さえ守れば規範 さえ守ればイスラム法さえ守れば社会の あり方さえ整っていればいいのかという ところまで触れ切るとそちらは正しいにし て勝ったとしても人々の心の中が殺伐とし ていたり何かこう満たされないものがあっ たり不安が残ったりしてしまいますよね そうすると今度は人々の監視がこっちに 触れるえ社会のあり方ってのはどうでも いいわけじゃないにしてもえイスラムの 教えの神髄っていうのは精神的な救い救済
15:45 なんじゃないか信仰のあり方なんじゃない かっていう風に触れると今度はスーフィー たちの言ってる事柄の方が大きな意味を 持ってきてこちらに関心が集まるこちらの 方に振り子が触れるしかし今度こちら ばかりが重要されてきて社会のルールが どうでもいいという風になってしまうと 社会が不安定になり混乱するということに なりますのでそれはまずいスフィの重視 する側面ばかり見ていてはまずいという ことでこちらに触れるつまりこちらの柱と こちらの柱の間でこう振り子がずっと触れ ているこっちまで行きすぎてここで止まっ てしまうとそれは良くないという風に
16:30 こちらに触れてえこちらの社会性規範開立 のところがもう1回確認されてしかし そちらばかり行ってると今度は内面が空気 になってくるのでこちらが重要だつまり2 つの柱があるからフラマーとスーフィーの 2種類の指導者たちがいるからえずっと 揺れ動く揺れ動くということは不安定と いう風にも取れますけれどもイスラムが 生きているっていうことも意味する生きて いるということはつまり変化し続けると いうことその時代が必要とするものえ必要 とされるうん事柄にイスラムが答えていく ということなのでえーこの2種類の流れが
17:20 あるということでイスラムというのは ダイナミックなものであり続けてきたと いう風に言えるのではないかと思いますえ で最後に参考文献をいくつか挙げておき ますがえ1番分かりやすいのは1番上の イスラムの神秘主義ですねで2番目のもの はえこれはあのこのベントネスさんていう のは現在フランスに住んでいる確か アルジェリア出身だったと思いますけども えスーフィー本人がスーフィーで スーフィズムを実践されている方ですので そういう人から見るとスーフィズムって いうものがどう見えるのかっていうのがえ 見えてきますのでそういうところに関心が ある人は面白いかもしれまん後のものは
18:08 えっとまこれは非常に体部のもので なかなか手ごわいですしえこの岩波新書は 手軽ではうん薄くて安くてその意味では 手軽ですけれどもあの哲学に関心がある人 であればえ面白いかと思いますがちょっと えっと抽象的な議論なので難しいかもしれ ませんえで星座崇拝に関心を持った人は 星座列伝なが面白いかと思いますしえ民主 のイスラムも同じように聖者について議論 しているので関心があったら読んでみて くださいはいえではこれでえフィズムに ついての話をおしまいにします